Okonomitalia's Blog

The only certainty is change

エコライフスタイル October 7, 2011

最近、エコライフスタイルは確かにはやっています。
しかし、なぜ今ですか。原子炉もう怖いからかな。それとも地球温暖化のため自然資源は少なくなってきて私たちの楽な生活もあたりまえでなくなりそうだからかな。それとも考えられない出来事が世界中起こっていることもあって地球は私たちのことと私たちのばかな行動もううんざりだからかな。やっぱりいくら考えても分かりませんね。でも、私たちみんなはやっと永遠なことは何もないことを分かってきたことが確かです。使っているものはすべて借り物です。そのまま次に来る人たちに残します。自分のものがなにもないんです。だからすべてを大事にしなければなりません。
たとえば、動物の様子を見てみれば動物は自分の本能に従って生きています。生まれてから死ぬまで何も習う必要はありません。しかし、私たち人間は動物と違います。現在、私たちの価値観と会わない社会に生きています。グローバル化と言っても私たちの幸福のために今まで必要なことがあったはずなのにこれから確かなこともうない感じがします。自然ははっきりメッセージを伝えています。マテリアリズムの過度に自分の幸福が見つかるはずはないんです。逆に、環境につながって生きていれば自分の進化のためにこんなライフスタイルは一番妥当です。
ただし、私たち人間は習うべきことはまだまだあります。

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進みましょう September 15, 2011

思いがけないことがあるときにチャレンジのように立ち向かわなければならないならあなたはオプチミストですかペシミストですか。
オプチミストって現実的な人です。ある事情があってそのまま立ち向かうんです。未来に対して楽観的なビージョンを持っているから自分の目的を得るためにやる気も勇気ももってやるべきと思っていることをやります。
ペシミストである人なら目の前でじゃまものしか見えないんです。ですから立ち向かうつもりがあってもなくなるし現実のネガチブのビジョンを持っているせいで絶対に行動しません。
簡単に言えば具体的な結果があって新しい見通しもあるために自分の意識で決定するべきですかあるいは何も変りがなく自分のネガチブの考えしか思い浮かばないままでいることですか。どちらのほうがよいだと思いますか。
結局は、進んで人生の道に歩きつづけたいですかあるいは行きを決めないまま交差点でずっと止まっていたいですか。

 

人間の教育について July 4, 2011

全世界の現代危機にはもちろん教育制度も含められています。改革が必要ですが妥当な策を誰も考えられません。両親と子供や大人と若者の無理解のためギャップは大きくなって時々暴力の出来事もあります。若者たちは現社会のルールとリダーが完全に不十分だと思って自分の価値観と違うのでお互いに合いません。世代の危機が明らかになっているのにアジアのある国が競争的な教育制度まだまだ強いです。高い給料をもらえる仕事が見つかる目的です。しかし、資本主義制度の激しい競争の感覚のため現社会の貧乏で不満の人たちは多くなって大変な問題なっています。ですからもとの原則が疑うべきです。人間の教育から始まることが第一歩として考えられます。現代の教育制度は2百年の古い制度で知識を伝わる目的で考えられました。現世界にはそういう制度はもう不十分です。実は学校で教わる知識と21世紀の人間の教育の間に空ができてしまいました。今、移行期間で程度を上げるべきです。新しい教育制度を考えて提案することについて皆さんは必要だと思っていますがどこからどう言う風に始めればいいのか分かりません。
やっぱりみんな協力しないと同意を得ることがもっとも難しくなります。

 

デジタル時代に June 27, 2011

現代生活には孤独が主な経験です。孤独ってある人にとって自由の意味し他の人にとって刑務所のような意味します。両の場合とも自分が決めることです。
アドバンステクノロジの生活には私たちは人間関係を仮想関係に代えられました。好きなときにソーシャルネットワークを使って世界と接続します。しかし、電話を使ってそれとも直接に友達や家族と会話をできなくなりました。言い訳は時間がないからです。デジタル時代のパターンどおりの家族を見たことがありますか。たとえ、両親と二人の子供たちそろってそれぞれは自分のデジタルデバイスを持ってメールやテキストやチャットなどをしてお互いの中でも通信します。ただし、仮想的に全世界と接続しているのに家族のなかでみんなは心も体も離れて接続していないことが大きな矛盾です。しかも分からないうちに現代のハッピーファーミリだと思って生きているわけです。

 

GDPよりGDH June 18, 2011

資本主義は物質主義と消費主義を来たしたが幸福を来たしませんでした。このモデルが失敗しましたのに全世界の国は相変わらず国の幸福として国富のGDPを計ります。
しかし、GDPよりも国が国民の幸福のための必要なサービスと福祉を保することに関してはGDHを計ればどうでしょうか。このモデルのほうが国民の基本入用を満足しその結果、幸福感に影響します。新しいライフスタイルをとっていろんな意味で皆さんは協力し質の良いものを作り出し自然または自然から取る資源とものを尊重し利益を得るより進歩を求め社会のために自分の知能を使って働きます。自分の目標は進むことと進ませることです。すべては次に来る人たちのために健康な世界を残すことです。ようするに皆さんは自分の国に幸福に住める目的をもって新しいモデルです。アジアにあるブータンという小さな国は挑戦的にこの新しいコンセプトを提案しました。最近、人類は深い危機におちてから代替モデルを考えるべきだと思います。人類の未来のために新しい価値観あるいはもう古いだと思って捨てた価値観を考え直しとにかく新しい望みが見えるように代替モデルが必要です。
私たちの国の勇気はないオプションも見えない政治家たちに消費財として幸福を作るコンセプトを伝えましょう。

 

時間のコンセプトを持たないこと June 11, 2011

皆さんの一日はまず目覚まし時計を見て始まります。目覚まし時計があるから目が覚めます。私たちはどこにいるのか何をしなければなりませんのかそいうことを時計はいつも思い出さしてもらいます。私たちはやっていることに関しては時計を見るとなんとなく手ごたえがある感じです。しかし、アマゾーンに住んでいるアモンダワ族は時間の抽象的なコンセプトを持っていません。
私たちは時間と空間の動きの表現を普段に使いますがアモンダワ族の言語でそれがありません。アモンダワ族にはインタビューや調査やテストをさせた結果によるとある研究者は始めて時空のコンセプトの表現はない言語を発見しました。時計もカレンダーも使いません。季節と太陽を使って時間を計ります。結局は、アモンダワ族の生活は時や分や秒の時間から取り締まられていません。そうすると厳しい期限はなく当日の間にやらなければやらないことをやって多くとも翌日しか先送りできません。私たちにとっては時計もカレンダーもない生活を考えられません。自分の日常生活にやることもうできなくなるかもしれません。逆に、アモンダワ族はポルトガル語の時間の表現を簡単に使うことができるけれど彼らのライフスタイルには変りはありません。たぶん彼らの会話には新しい言葉として面白いかもしれません。

 

セルフフィーディング June 2, 2011

インディアに住んでいるヨガの行者が七十年前から食料も液体も取り入れていません。それなのに健康であり脳の状態は二十五歳の男性のようだそうです。栄養を取っているほうほうが毎日座禅を組むだけです。と言うことは宇宙エネルギーを吸い込んで栄養を取っています。しかし、私にとっては奇跡ではなくむしろ自然に対しても宇宙に対してもつながりがあるライフスタイルだと思います。その結果、人間と宇宙のあいだにバランス取れた人間の完成のレベルができることです。まるで生育地に自生している木のようです。
やはり頭も心もコントロールするために戦うより自然に流動するほうが人間はもっとも大きい変化の力を持っている論証です。