Okonomitalia's Blog

The only certainty is change

違いの価値 May 4, 2010

違う国の人たちの間の文化の違いをよく見たことがありますか。とても魅力的です!

一番目立つのがジェスチャーです。イタリア人は話すときにジェスチャーを大げさに使うことが世界中に有名です。それぞれのジェスチャーは意味がありますが文化によって同じジェスチャーは意味が違う場合もあります。普通の日常会話言の葉はほかの国の言葉で訳して使ったら強い反応されるかもしれません。ご飯を食べるとき音を出すことがある国では行儀悪いこと。ほかの国では普通で料理が美味しいの意味もします。鼻を鳴らすことがしない方法よりもある国では行儀正しいことほかの国ではその逆です。話すときに相手を目に見ることがある国では普通で正しいことある国では失礼です。”Lost in translation”という映画を見ましたら病院の待合室のシーンが覚えていますか。二人の男性が言葉を使えられずジェスチャーで会話をしてみますが残念ながらお互いつじません。しかし、言葉もジェスチャーも助からないときひとつが残ります。笑顔で必ずお互いの気持ちがつじます。

すばらしい!笑顔が世界言語です。

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One Response to “違いの価値”

  1. TOMOKINA Says:

    私の親友はフィレンツェに暮らすイタリア人で、とても聡明で、思いやりがあって、明るくて、大人で、いい意味でコワルで、チャーミングな女性。私は心から彼女を信頼していて、敬愛している。

    どんなに遠くに離れていても、いつも私の心の中には、彼女のスペースがあり、彼女の存在をすぐそばに感じることができる。

    二人が1年か2年に1度(もっと長く会えない期間もあるが)、
    イタリアや日本のほか、どこかの国の空港で落ち合って、
    旅をする間中、何をそんなに話すことがあるのだろう、と
    自分でも思うほど、目覚めてから眠るまで、ずう~っと、
    おしゃべりをしている。
    彼女は私が1を言うと、すでに10まで理解をしてくれるし、
    私もまた同じだ。
    (二人の会話は、彼女が日本語がパーフェクトなので、日本語で行われる。私は超ブロークン・イタリアーノしかできない、pigronaのため、とても助かっている。)

    私は時折、このことをとても不思議に思うことがある。
    それは、彼女と私は国籍が違い、お互いの国の法律も違い、
    育ってきた環境も、食べてきた物も、なにもかも違うのに、
    二人の間に、「価値観の違い」を感じたことがないからだ。

    けれど本当は、彼女と私の間に様々な「価値観の違い」は、あったのだろうと思う。
    でも、お互いが相手のことを理解したい、と願う思いやりが、
    それを感じなくさせたのだと思う。

    人と人の間の「価値観の違い」を認め、尊重し、相手を思いやって、他国籍の人、日本の人、これから出会う全ての人たちと通じ合っていけたら、と願う。
    そのためにはまず、「笑顔が世界言語」は、とても大切な価値観だと思う。


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